森茉莉年譜


ごく簡単な年譜。コメントは例によって乱暴。「森茉莉の人生ってこんなんだったんだ」と朧にでも感じてもらえるといいかなっと。



1903年(明治36年)  
 東京市本郷区駒込千駄木町に、森鴎外の長女として生まれる。母は「悪妻」として有名になるしげ。

1915年(大正4年) 12歳
 仏英和(現・白百合学園)小学校卒業。同高等学校本科へ入学。遠足が嫌いな超お嬢様であった。

1918年(大正7年)15歳
 フランス文学を専攻する山田珠樹と見合いの後婚約。珠樹は茉莉好みの美男子であった。

1919年 (大正8年)16歳
 結婚。鴎外は「山田へ行ったらお茉莉は西洋料理をうんと食うだろう」と言った。 

1920年(大正9年)17歳
 長男誕生。だが育児はほとんど女中任せであった。

1922年(大正11年)19歳
 留学した夫を追って渡欧。パリでの生活を謳歌する。旅先のロンドンで最愛の父、鴎外の死を知る。

1923年(大正12年)20歳
 フランスより帰国する。関東大震災に遭遇するも無事。

1925年(大正14年)22歳
 次男誕生。

1927年(昭和2年)24歳
 子供をおいて離婚。「子供が熱いものを放り出すようにして、やみくもに逃げ出した」という。

1930年(昭和5年)27歳
 再婚して仙台へ。仏文学の翻訳を始める。

1931年(昭和6年)28歳
 離婚して実家へ戻る。仙台には「三越も銀座もない」のが不満だったらしい。

1936年(昭和11年)33歳
 母・しげ死去。「あたしたちの生活には嬉しいことってないから」と言う寂しい晩年であった。

1941年(昭和16年)38歳
 弟・類の結婚を機に下谷神吉町の勝栄荘に移る。ここが茉莉の「第二の故郷」であった。

1946年(昭和21年)43歳
 妹・杏奴を介して、別れていた次男と20年ぶりに再会する。茉莉は次男を抱きしめて号泣した。

1947年(昭和22年)44歳
 疎開先より帰京。杉並区永福町に転居。

1951年(昭和26年)48歳
 長男と再会。「恋人のように」親しく行き来するように。世田谷区下代町の倉運荘に転居。

1957年(昭和32年)54歳
 随筆集「父の帽子」が第五回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。

1961年(昭和36年)
 「恋人たちの森」が第二回田村俊子賞を受賞。

1963年(昭和38年)60歳
 「贅沢貧乏」刊行。貧乏生活をしながらも魂は貴族という、森茉莉の生活が描かれていた。

1973年(昭和38年)70歳
 代沢ハウスへ転居。

1975年(昭和50年)72歳
 10かかって書いた長編「甘い蜜の部屋」刊行。泉鏡花文学賞を受賞。

1983年(昭和58年)80歳
 世田谷区経堂のフミハウスへ転居。ここが終の棲家となった。

1985年(昭和60年)82歳
 心臓発作のため二ヶ月入院。

1987年(昭和62年)84歳
 6月6日、自室にて心不全のため死去。三鷹市禅林寺にある森家の墓に埋葬される。