森茉莉語録


とにかくこの人は、人の悪口を言わせたら天下一品なのだ。
タダの悪口じゃないぞ。その発想の豊かさと人物観察眼の鋭さあっての「批評」である。どんなものか読んでもらうのが手っ取り早いのでいくつか紹介しておこう。



『ズームインの徳光和夫の方は顔のことを言ってはいけないと思うがお千代、お花の顔(昔の小学校の読本に出て来た耳の前にお河童位の長さの髪を切り下げ、あとはひっつめて頂辺にお煙草盆のようなものをのっけていて母親が、「お千代や、魚屋が来たからこのお皿を持って行ってお刺身を作って貰っておいで」「はいお母様」のお千代の顔。丸谷才一もこの顔だ)つまりいやな顔でいやな腕を振り廻して「ズーム、イン」とわめかれると朝の気分がこわれるのだ。』(ドッキリチャンネル)

「ズームイン朝」をやっていた頃の徳光和夫氏に対する批評である。氏には申し訳ないが笑ってしまった。「お千代」「お花」の顔というのはすごい比喩だ。すごい上に(かっこ)が長い。これも森茉莉の特徴である。(かっこ)の中だけ見ると「お千代」は良い子のようだが、女中にかしずかれて育った森茉莉にとっては「下町の子」という感じなのだろう。

『あのもみあげを長くした田中邦衛は三百年続いた西班牙(イスパニア)の貴族の、血族結婚のために頭の悪くなった城主に仕えているソメリエ(酒の係り)で、城主の食事のために地下室に下りていって、葡萄酒の壜の蜘蛛の巣を払って持ってくる、そんな感じである。飄々としているが上の方の家臣たちより城主を思っている、そういう男の感じだ。』(ドッキリチャンネル)


これは悪口ではなく誉めているのだが、誉めるにしても森茉莉というのはただ誉めることはしない人である。田中邦衛の顔から一気にスペインの城主(それも血族結婚によって頭が悪くなっている)まで連想が飛ぶのは、それだけ外国の映画や本に身近に接しているためだろう。田中邦衛の、実直で誠実で、飄々としているところを言い表した名言だと思う。


『山口百恵の白い歯を見せる笑いには、私の目で見る限りでは品がない。たとえば、山口百恵の微笑いは、コンソメ・ロワイヤル(王室風のコンソメ)を一匙唇に運んで、隣席の人に微笑いかける微笑いではなくて、氷水の小豆かイチゴ、レモンスイ、なぞをすぐ曲がる、あのへなへなのアルミニウムの匙で一匙しゃくって口に入れ、隣で、汗拭きの手拭い(米屋か魚屋のお中元の)を畳んで膝にのせ、彼女と並んで氷水を口へ運んでいる婆さんに(おばあちゃん、スーッとするねえ)と微笑いかける微笑いである。』(ドッキリチャンネル)


無茶苦茶である。私は山口百恵の微笑がそんなに「品がない」とは思わなかったぞ。どっちかといえばいつも困ったような、陰のある微笑で、私はそれが好きだったのだ。森茉莉の目に、そんなに子供らしい微笑いに見えたのなら、それはそれで幸せである。森茉莉は「贅沢貧乏」で世田谷の上品ぶっている人種は嫌いで、浅草の下町っ子は大好きだと書いたのに、やっぱり下町っ子はキライなのか? よくわからない人である。ちなみに森茉莉が「品のある微笑いをする」と言ったのは司葉子と松坂慶子であった。(うーむ)


『書きながら画面を見ると、B&Bやが「笑ってる場合ですよ」を遣っている。何度も書いているように私は、執拗なことはきらいだが、B&Bが、僕たちはヤングが好きですと言っているが大体若い奴というのは、若い奴ばら、若いもんたち、青年たち、なぞといわれていた頃から、現在(いま)のようにヤングと言われるようになってからも、薄ばかの奴たちで、B&Bもそんなことは百も承知、二百も合点なので、ただ自分たちのファンがヤングさまなのでそう言って、お土砂をかけているのだということは此方(こっち)も先刻ご承知だがやっぱりああ言われると一言なからずを得ない。それというのがヤングという奴らが勉強もせず、かといって不良(わる)の方もウスバカだからで、荒木一郎の百分の一のバカ不良のところへでも弟子入りするんだね、と言いたいが、もともとウスバカはどう遣ったってウスバカなので、脳に穴を開けて、脳組織を手術したところで普通の頭にはならないだろう。』(ドッキリチャンネル)


この悪態のつきかたも凄まじい。まさに「意地の悪い婆さんモード」全開の悪口である。若いやつをバカだと言い出すと、人間ってホントに年寄りくさくなるんだよなあ。それにしてもこの森茉莉の文章はどうだろう。『何度も書いているように……』以下、最後まで「。」が二つしかないのだ。ひたすら「、」でどこまでも文章が続いていくのが森茉莉の文体なのだが、これで悪口を書かれると普通に悪く言われるよりも何倍もねちねち聞こえて誠に憎らしい限りで気持良い。いいなあ、森茉莉って。


『大分前だがどこかに、赤ん坊の上手な育て方というのが出ていた。先ず赤ん坊にでんでん太鼓なぞを見せる時には、生後何日かで、赤ん坊の視線はそのころにはどの位の高さに行くのが無理がない、とか、いろいろとむつかしいことが書いてあった。そうして、その「しちむずかしい」規則の通りにして育ったのだ、という三歳位の女の子の写真が出ていたが、智能の低そうな、ポカンとした女の子だった。こういう難しい遣り方で育てれば、こんな莫迦みたいな女の子に育つのかと、私は感に堪えたのである。』(ドッキリチャンネル)


こういうのは「悪口」ではなくてほとんど「悪態」に近い。しかし赤ん坊の育て方に関して、森茉莉は何か言えた義理じゃないはずなのだが。子供はお手伝いさんに任せっぱなしで放りっぱなし。子供が風邪をひくと心配したこともなく、脱がせたら脱がせたっぱなしでいたはずだぞ、確か。後に成長した次男が森茉莉の受賞パーティか何かで「僕は小さい頃、水に落ちても母は助けてくれないと思っていました」と言っていた。自分のことは棚に上げて……だが、これも森茉莉なのである。


『森村桂が結婚した時、天国に一番近い場所で式を挙げたいと言って、どこか南方の高い山の上で式を挙げた。私が男で、彼女と結婚するとしたら、その一言でいやになって、(君のその言葉に感動して、すばらしい清らかな女と結婚するのだと思うような奴と結婚すればいいだろう)と言って、彼女との結婚は止めるだろう。森村桂の顔を写真で見たが、いかにもそういうことを言いそうな顔だった。』(ドッキリチャンネル)


……はああ。森茉莉は凄い。ええと、森村桂というのは作家で「天国に一番近い島」という小説を書いた人である。角川で映画化されて、主演は原田知世ちゃんであった。森村桂が南の島に行って、とても親切にされて、その島が美しい上に人々も優しいのでここは「天国に一番近い島だ」と思った、という小説である。森茉莉はきっとそこまで知らなくて言っているのだろうが、それにしても顔のことまで言わなくても……と思う。森茉莉はいつも「顔のことは言いたくないが……」というくせに、いつも顔のことでやいやい言う酷い婆さん(失礼)である。人の顔のことをとやかく言ってはいけない、と家庭でしつけられなかったのだろうか。そのくせ自分は写真写りが悪いの、昔は美しかっただのと言うのである。……いいなあ、ホントに森茉莉って。