35000アクセス記念企画
森茉莉と降誕祭


 どうも。35000アクセス記念企画です。
 年も押し迫って参りましたので、今回は森茉莉の書いた降誕祭に注目してみました。西洋かぶれの茉莉だからクリスマス大好きなんじゃないかでもやっぱり時代が時代(茉莉は明治生まれ)だしなあと思ってたんですが、やはり鴎外の娘。子供の頃から降誕祭はやっていたようです。すごい。そして結婚してフランスに行って本場のクリスマスを体験。
 離婚して1人になってからは寂しいクリスマスを過ごしていた茉莉。しかし作家デビューして文壇に認められてからは再び楽しいクリスマスに。上がり下がりの激しいこと、ジェットコースターのようであります。
 今回は『贅沢貧乏』『記憶の絵』『濃灰色の魚』から抜粋。プラス『ぼやきと怒りのマリア』。小説にもいろいろ降誕祭描写があったんですが、今回は涙を飲んで割愛。次の機会にまわします。あうう。 

 では次回、40000アクセス記念企画で……って言うと思ったでしょ。ふふふ。お正月に更新予定。年始めでお暇な方は見に来てくださいっす。<大丈夫か?



 父親は鴎外、学校は仏英和女学院、という境遇で育った茉莉は、早くから降誕祭の行事に親しんでいた。時代は明治の御世だから、かなりハイカラな家庭だったと言えるだろう。

 最初に茉莉が嫁いだ山田家は金持ちだった。子供たちは父親に降誕祭の贈り物(高価なもの)をねだって買ってもらったらしい。茉莉も銀座で舅に肩掛けを買ってもらったことを『記憶の絵』の中の「三田台町の降誕祭」に書いている。

『生まれた家では毎年、洋室といっていた、たった一間の(ひとま)の西洋間の真中に大木のようなツリイを小さな樽位の鉢に立て、父親と母親と二晩がかりで飾りつけ、三人分の子供への贈物が、その大木の根元に山のように積み上げられた、夢のような降誕祭(クリスマス)をやって貰っていた私は、結婚してから最初の降誕祭を山田の家でやった時にはいささか、もの足りなかった。』 (記憶の絵)

 こ、この贅沢者っぷり。この山田家、降誕祭を祝う習慣がなかったのを、そういう習慣をしてきた茉莉が親族に加わったことで結婚の翌年から始めたらしいのである。気ィ遣ってもらってるじゃないか。それで銀座行って舅に肩掛け買ってもらってるのに、物足りなかったは失礼である。普通は有難いと思うはず……ああ、茉莉は普通じゃないのか。むう。

 では茉莉の憧れの地、フランスに行っていた頃はどんな降誕祭を過ごしていたのだろうか。……空家でパーティしてたのである。滞在していたホテル・ジャンヌ・ダルクの主人が、知り合いの家が空くからそこでパーティをやろうと茉莉たちを誘ったのだ。細かいことだが、フランス人は教会に礼拝とか行かないのだろうか。それとも茉莉たちが行ってなかっただけなのか?
 パーティのメンバーは、山田珠樹・茉莉夫妻、一緒に留学していた辰野隆と矢田部達郎。ホテルオーナーのジュフォオル夫妻と養女のルイズ、矢田部のフランス語の教師だったマドモアゼル・ショミイの合計8人である。
 料理はジュフォオル夫人が作って持ち込み、酒はシャトオ・ラフイットの紅とシャトオ・イキュエムの白をジュフォオルに買ってきて貰った。料金は茉莉の夫である山田珠樹と、辰野隆が負担したのだが、その時のことを茉莉はこう書いている。

『彼は(少し値段が片っぽうが高いが、お前はどっちにするか)と訊き、辰野と、山田とが口を揃えて高い方を負担する、というのをきいて、両方から高い方の料金を受取った。フランス人というのは、直ぐにばれる嘘を吐き、八百屋の番頭の目を誤魔化し、一法(フラン)でも、玉葱一つでも儲けようと、虎視眈々としている。どんなに少しの金でも出したがらない。そうして、ゴム紐十糎(センチ)でも儲けた時はごきげんという人種である。貰うものはスリッパ片方でも喜ぶ。』 (記憶の絵)

 スリッパ片方貰って何にするんだろう。いや、その前にこの茉莉の「フランス人超吝嗇家説」というのは正しいのだろうか。茉莉たちはフランスの庶民の暮らしに触れるために(?)普通の貧乏下宿に滞在していたから、吝嗇だったのはその辺りの人間だけなんじゃないかと思うのだが。
 しかもこれだけ言っておいてなお自分はフランス人だと言い張る茉莉の神経は、やっぱりよくわからないのであった。

 降誕祭に話を戻す。8人はおんぼろのタクシーで空家にやってくるが、その空家というのも『寂寥索莫とした空家』『一月や二月の空家とは思えない』というから、かなり凄まじい状態だったようだ。

『家具は古い卓子と椅子だけを残して取り払われ、長い間火が燃えたことのない暖炉がガランと口を開いた灰色の部屋に蝋燭が点き、持ってきた冷肉に腸詰(ソーシツソン)、サルジィヌ、サラダ位の料理がルイズとマダァム、ジュフォオルの手で並んだ頃遅れてショミイが来た。』

 ……ソーシツソンって? サルジィヌって、何だ??

『どうも空家の荒れた感じが皆に降誕祭(クリスマス)らしくない寂寞感を与え、辰野隆の巧妙な諧謔(かいぎゃく)ももう一息パッとしない。』

 と、まあ、どうも盛り上がりにかけたパーティだったようだが、この時の茉莉の目は、矢田部達郎と二人の女性の三角関係に注がれている。矢田部は茉莉も認める粋な色男で、フランス語会話を習っていたショミイと恋愛関係にあった。実は下宿の養女のルイズも矢田部に片思いしていたのだが、ショミイに矢田部をさらわれたような感じになっていたらしい。

『矢田部達郎がショミイと言う時の発音は、ルイズ以外の人間の耳にも相当に意味の深いアクセントを含んで聴こえた。髭の剃り痕が青く、唇の真紅(あか)い達郎の、蝋燭越しに光る眼は、ルイズを意識することで一層鋭いものを出している。』 (記憶の絵) 

 流石に茉莉の惚れたドン・ファンである。そして茉莉は、そんな2人を目の前にして、平静を装っているルイズを観察する。

『ルイズの苦悩と、恋仇の心臓を食う魔のようなショミイの真紅(あか)い唇を見て私は思った。〈これは矢田部達郎が紺色の背広の片腕を立て、午飯の肉を切るような風に、軽々と切り下ろして私に見せた、血を滴らす、生々しい人生の一つのきり口なんだ〉と。』 (記憶の絵)

 私は茉莉の文章を読むと、固く巻いたバラのつぼみとか、ぎゅうぎゅうに重なったキャベツの葉とかを連想してしまうのだが、これもそうだ。茉莉の目は小説家の目になっている。この観察力は流石である。作家になっていなかったら、ただの思い込みの激しいロマンス大好き婆さんであるが。

 時は下り、茉莉は山田珠樹と離婚。それから作家になるまでの期間は、だいぶ暗い降誕祭だったようだ。真っ暗と言っても過言ではないだろう。

『私達の降誕祭(クリスマス)は、ひそかな降誕祭であった。まっ暗な闇の中で、その部屋だけが、明るい燈に明々としていた、世間の人々が誰も知らない、それは小さな、明るい場所で、あった。そんな中で気の毒な母は、妹と弟との将来だけに希望を持って、死んだ。彼女の若い時からの腎臓病が悪化して、尿毒症を発したので、あった。』 (濃灰色の魚)

 ……暗い日々である。離婚してからの茉莉は、孤独の中の美しさと歓びを感じていたという。ある降誕祭の夜に茉莉は渋谷を歩いていて、ひどく美しい鐘の音を聞いた。この世の外のような場所から、父だか神だかが鳴らしている音である。『聴いている内に心も、体も、この世界から離れて、透っ(すきとおっ)たようになってしまうような、軽やかな響きで、あった。』という。
 流石に茉莉である。町を歩いていて鐘の音が聞えてくるのは降誕祭と大晦日くらいしかないが、これが除夜の鐘では森茉莉ワールドにはならないのである。

 そして茉莉はこのことがあってから、降誕祭が来るとその鐘の音を聞くために町へ出た。鐘は一度しか聞こえなかったようだが、これは例によって茉莉の幻聴だったのかもしれない。大体、町をふらついている自分のことを『孤児(オルフラン)の少女のように思っていて、ひどく可愛らしい心持になっていた』と言うのだから。ちなみにこの時、茉莉は四十五か六である。なーにが孤児の少女だ! と石を投げる人が(もし)いても仕方ないのである。

 さて。茉莉と降誕祭といえば、やはりこれが真骨頂であろう。『降誕祭パアティー』である。これは茉莉が三島由紀夫邸のクリスマスパーティ(!)に招かれた時のことを書いた、お得意の自分語り滑稽小説である。

 茉莉の元に、全文英語で書かれた(このへんがもう三島由紀夫)招待状が届く。『恋人から葉書が来たような歓び』に茉莉は舞い上がってしまう。なにせ『幼時以来はじめての燦(きら)びやかな降誕祭である』。沢山の不安と歓びを抱え、茉莉の胸はザワザワと鳴る。もう行く前から大騒ぎである。

『マリアは今度は化ける準備にとりかかった。日常(ふだん)ボサボサの髪にスウェータアで、若い女でなくては綺麗に見えない恰好をしてのし歩いているから、いざ(真島パアティー)となると仕度で大変である。ふだん着物を着ないので帯上げ、及びその芯、前芯、腰紐なぞを新しく買う。箪笥から白地の着物と、銀箔の帯を出す、髷(まげ)の製造に自信がないので、その上に止めて誤魔化す黒いビーズ附きの網(ネツト)を買う、等々である。』 (降誕祭パアティー)

 若い女でなくては似合わない恰好、と自覚してるならやめりゃいいのだが、その辺がやっぱり茉莉である。私も別に(もう)若い女ではないのだが、ボサボサの髪にセーターで近所のコンビニ行ってるのである。森茉莉の同類である。……ちょっと複雑である。

 この時は三島邸の前で知り合いの編集者と落ち合ったようだが、別な降誕祭の時には招待状(を熱心に読みすぎて?)に書かれた時刻より三十分も前に三島邸に着いてしまうという失敗もあった。万年遅刻魔の茉莉だが、時間にルーズだとこういう失敗もあるらしい。この時は三島が仕方なく茉莉の相手をして時間を潰したようだが、どれだけ迷惑だったかと思うと涙の出る思いである。
 
『その時、二階への階段の奥の扉が四センチ程開いて、蝶ネクタイを締めかけている三島由紀夫の顔が出た。写楽の目が愕いたように開いて、(誰? 何事?)という表情でこっちを窺い、こっちはこっちで、急に出現した三島由紀夫の顔に愕いている魔利の眼を、見た。』 (文壇紳士たちと魔利)

『彼はつまらなさそうな顔をして、ヴェルサィユ式アルモアアルの上から、どこかの外国人から来たクリスマス・カアドを下ろして来て、魔利に見せて説明したり、(中略)魔利が若いと言っておどろいて見せたりして間をもたせ、魔利は自分が悪いのに内心不機嫌になっている内に、ようよう二十五六分の困った時間は過ぎ去った。ディズニイのベッティイ夫人も、一寸出て来たりしたが、(これがもし子供だったら、一寸遊んでおいで、と言えばいいのに)と、夫妻は魔利がおしもおされもしない六十三歳の大人であることをともどもかこったに違いない。』 (文壇紳士たちと魔利)

 自分が時間を違えといて、内心不機嫌もないものである。これで六十三歳。ううむ、私の母親と同じくらいのトシではないか。若いっす、感性が。というか、子供。すみませんでした、三島様! と大森の方角に手を合わせてみたりする私である。

 まあそんなこんなで三島パーティなのだが、これがやっぱり大盛況だったようである。文壇の名のある紳士たちが、続々と宮殿のような三島邸に集まってくるのだ。家でパーティができるほど広かったんだなあ、三島由紀夫の家って。庭にアポロンの彫像が置いてあるというから、推して知るべしか。(しかし三島も相当スゴい趣味だ)
 玄関を入って右のサロンにも、階段を上がった上のサロンにも、玄関の真上のサロンにも、その上下のサロンにもいっぱい人がいて、西洋の舞踏会の絵のように笑いさざめき、飲み物のコップを持って移動したりしている。

 このパーティで何が出されたのかはよくわからない。招待状にあるbuffetを「立ち食い」と理解した茉莉は、それを内心がっかりしていた。『立食形式というのは、(自分の分け前がなくて、取ればいくらでも取れるが、そうもいかない)という、形式である』とか『buffetという形式は帰る時に、沢山の食べものに心を残して帰る気のする形式である』とか書いている。
 茉莉という人は、食うことにかけてはやたらと情熱的になる人である。もう六十三歳なんだから、いちいち食い物に文句をつけてはいかんのではないか。そして茉莉のスゴいところは、こういう不満をホントに書いて発表しちゃうことである。三島由紀夫も苦笑したであろう。……すみませんです、三島様(合掌)。

 さて。三島邸で北杜夫と交わした会話は、茉莉の記憶に深く残った。茉莉はインスタント・ラーメンが大嫌いなのだが(茉莉の美的感覚に合わないらしい)北杜夫はインスタント・ラーメンが好きだというのだ。

『魔利がふとどこかで読んだことを思い出して、「夜中にラーメンを召しあがるのですか?」と言うと、向い合った椅子にいた彼は「ラーメンは美味しいですよ」と言ったが、その短い言葉の間に彼の顔は急激に魔利に近づき、忽(たちま)ち彼の顔は魔利がコンパクトに映した自分の顔位の近さだと、錯覚した位のところまで来た。又その言葉は信念に溢れていて、ラーメンを好きでない魔利が、その瞬間だけは、(ラーメンは美味しいのだ)と、たしかに固く、信じこんだのだった。』 (文壇紳士たちと魔利)

『だが魔利は、北杜夫の夜中に食べるラーメンには、北夫人が用意しておいたもやしや人参、ハムや肉団子が入っているだろうことを確信している。それでなくてあの黄色い、曲った針金のようなものについて、あれだけの説得力をもって語れる筈がないのである。』 (文壇紳士たちと魔利)

 って、人がラーメンに何を入れていようと大きなお世話ではないか森茉莉ー! ああ、この想い込みの激しい婆さんぶりも大好きだなあ。

 などといろいろ文壇紳士や文壇淑女と会話しているうちに、茉莉はだんだんのぼせてきたらしい。『その内に頭が熱して来て、終(つい)に気分が悪くなりはじめた』『胸の中に固い空気が詰まって来て、これ以上ここにいると嘔吐しそうになるという恐怖を覚えるまでになった』という。
 茉莉は三島由紀夫に帰りの挨拶をして「もう帰るの?」と驚かれる。

『玄関に送ってきた母夫人と夫人とがマリアの状態をきいて、少し外の空気に、たってから又戻ってはどうかと言った時、マリアは危く、(ではそういたします)と、答えそうになったのは滑稽であった。マリアの体はマリアの精神構造と釣り合いをとるためか、子供の体のように出来ているらしく、ひどく気分が悪かったかと思うと、又忽ち直っているのである。大きな大人の女、というより、それ以上のグラン・マダムが(もう直りましたからもっとお邪魔します)とは言えない。まことに残念無念の仕儀である。』 (降誕祭パアティー)

 精神構造との兼ね合いなのかどうかは知らんが、確かに子供というのはこんな感じである。法事とかではしゃぎまわって大昂奮して、後からぐったりしてる子供はどこの家でも親戚に一人くらいはいるものだ。茉莉も多分、人あたりして血圧が上がったのではないだろうか。茉莉に言っても仕方がないが、年相応に落ちついていればこんな風にはならないのだ。
 残念に思いながらもこの時はしぶしぶ帰った茉莉。そしてこの滑稽小説の落ちはこうなっている。

『真島パアティーから二週間ほど後、真島与志之が、
 (牟礼さんてずいぶんデリケエトなんだね)
 と言ったという、まるで、デリカなところなぞない人物だと信じていたような、失礼な言葉が、風のたよりに伝わって来た。』 (降誕祭パアティー)

 デリカだかデンカだか知らないが、デリケートな人物はあんまりラーメンの具のことをねちねち考えたりはしないのではないだろうか?
 しかしこの話にはまださらに落ちがあったのである。これを発表して後、茉莉は担当編集者への手紙にこう書いている。

『大谷さんとぱったりあひ、「クリスマスパーティー」をほめて下さったが、「最後の気分のわるくなるところが皮肉で、とくに面白かった。誰でもああいふ場所に行くと気分が変になりますよ。皆さういふ皮肉のいみにとつてますよ」といはれ愕いて、「あれはうれしくてカーッとなってそれに満員電車のやうなのでへんになったのです」とくりかへし申しましたが。とうてい分からない感想でした。』 (ぼやきと怒りのマリア)

 子供の気分をありのままに書いたはずが、他の人に深読みされていたというのは面白い。深読みした相手に対して、一生懸命否定している茉莉の姿が思い浮かぶ。そのままにしとけばいいのに、茉莉も馬鹿正直な人なのである。

 茉莉が『観潮楼以来』と感激した三島邸のパーティも、主はもうない。茉莉ももういない。それでも毎年降誕祭はやってくる。豊かな人にも、孤独な人にも。私は密かに願っている。茉莉の感激したクリスマスの鐘の音が、どこからか聞えてはこないだろうかと。
 今年は20世紀最後の降誕祭だ。茉莉を愛する人も、そうでない人も、すべての人に。
 メリー・クリスマス。