放送大学特別講座
森茉莉の世界


 あけましておめでとうございます。今世紀もよろしくお願い致します。

 ということで、記念企画じゃないんですがお正月更新します。
 1月3日に放送大学のラジオ講座で、小島千加子さんによる特別講座「森茉莉の世界」が放送されました。で、その内容紹介(というか個人的な感想)を。
 31日に再放送があるようなので、聞きのがした方はどうぞ。



 特別講座ということですが、小島千加子さんが講義形式で喋っているわけではなく、聞き手のシマウチユウコという助教授の方が聞き手になって質問とかハナシの誘導とか合いの手とかを入れています。45分。「森茉莉の世界」を語るには全然足りないんで、印象としては「森茉莉について・サワリだけ」ってカンジでした。
 で、何が聞けるかと期待してたワリには知ってることばっかりで、新しい発見はほとんど出てこなかったです。小島千加子さんの『ぼやきと怒りのマリア』と森茉莉の一連のエッセイに書いてあることのなぞりですな。「森茉莉の文学世界を語る」って割には茉莉の生い立ちの紹介が大半。……まあ森茉莉というのは生い立ちを語らずして語れないというトコロがあるんで、じれったいんですがー。

 ええと、ここで講師の小島千加子さんの紹介。彼女は「新潮」の元編集者で、森茉莉の担当編集者。茉莉の作家デビューから死ぬまでの30年間の生活を間近に見てこられた方です。現在の肩書きは文芸評論家。講演などもなさっていて、詩集も2冊出されているそうです。私は知りませんでしたが。
 小島さんは「ぼやきと怒りのマリア」で自ら『自分より身長も体重もある茉莉を、何かあったらとても支え切れない』とか『萩原葉子さんに「小島さんは蒲柳の質でいいわね」と羨ましがられる』とか書かれているので、とても小柄な方だと思うのですが、ラジオの声はとてもとてもしっかりしていらっしゃいました。何というか、しっかりしすぎている(私の予想よりもですが)カンジです。パキパキしゃきしゃき喋る様子は、何代も続いた名門の家の年取った女中頭みたいなイメージです。
 小島さんはハナシの中で「森茉莉」と「茉莉さん」と「茉莉」を混在して使われていましたが、やっぱり「茉莉さん」っていうのが聞いてて一番自然だったです。いや、内容とは全然関係ないんですが。

●茉莉との出会い

 最初に、小島さんと森茉莉の出会いが語られます。鴎外のことを綴った随筆『父の帽子』で茉莉がエッセイストクラブ賞を取り、また鴎外のことを書いた『靴の音』を出した後、それを読んだ小島さんが小説を頼もうと茉莉のところの訪ねて行って、留守だったので名刺をドアに挟んで行ったというエピソードです。当時は電話もなかったんで直接訪ねるしかなかったんですな。
 でもこれ、小説を頼めって言ったのは当時の「新潮」の編集長で、それで小島さんがお使いに行ったと思うんですが……。まあ細かいことはいいか。

 で、名刺を見た茉莉から電話があって、小島さんと茉莉は下北沢の風月堂(おお、茉莉の聖地!)で会うことになります。茉莉は「簡単な上着にスカート、買い物かごをぶら下げて、飄然といった恰好で」やって来て、小島さんに「どんなご用件ですか」も何もなくて初対面でいきなり「私は弟の類をとても愛していたのに義絶して……」と言い出して、小島さんはとても変わった人だと思って驚いたそうです。
 このへんのことは「ぼやきと怒りのマリア」にも詳しいです。

 で、今まで書いていたような随筆ならともかく、小説を頼まれた茉莉は困って室生犀星に相談したそうですが、犀星が「あなたなら大丈夫です、やりなさい」と言ったのでやる気になったようです。茉莉が室生犀星を慕っていたことは、茉莉の一連の随筆にも出てます。

●茉莉の生い立ち・鴎外との関係

 茉莉が鴎外をパッパと呼んで慕っていたこと、鴎外が茉莉をとても可愛がっていたことが語られます。
 茉莉の一生は4つに分けて
 1・16歳までの鴎外の保護下にあった時代 2・結婚生活 3・離婚して後 4・随筆や小説を書き出して以降
 になるということ。茉莉の文章の基本は1の子供時代と2の結婚生活、特にパリ生活で培われたということが語られます。
 ここで面白かったのは、茉莉が絵描きになりたかったのにパッパがだめだと言ったからやめた、というハナシです。茉莉は小さい頃から絵を習っていてかなり上手かったのは知ってましたが、鴎外がダメだと言ったのは知らなかったです。鴎外はただただ茉莉をいいところのお嫁さんにしたかったんだなあと思います。苦労させたくなかったんだなあ。……結局いろいろ苦労することになるんですが。でも茉莉は幸せだったと思うです。鴎外の想像したような幸せじゃなかったかもしれないけど。
 
 茉莉が何でもパッパパッパの人だったこと、鴎外も子供の着物を自分で発注して作らせていたこと、茉莉を連れていろんな所へ行ったことなど、茉莉が鴎外の影響を多分に受けたことが語られました。
 鴎外と茉莉の関係が小説に反映されたものが『甘い蜜の部屋』で、これが完成までに10年かかったこと、茉莉も小島さんもこんなに長くかかるとは思わなかったこと。主人公のモイラは無口だけど態度で好き嫌いをはっきり示すんですが、これは子供時代の茉莉と似てるということなども。

 「小説という虚構の世界に、実際の自分の経験を入れて、それを構築できるというのが森茉莉の文学者としての才能ですね」という意見がシマウチ助教授から出されました。
 確かにここまで自我が強いというのは一種の才能だと思いますが。

●幸田文との違いなど

 文豪の娘と言うことで比較される幸田文(父親は幸田露伴)ですが、文と茉莉とは全然違っています。文は父にとても厳しくしつけられて家事をやらされて、文は何とかして父親に気に入られようとします。鴎外と茉莉の甘々な関係とは正反対です。
 しかし幸田文の文章は幸田露伴に影響されていて、モノの見方は露伴のものだ、という指摘を小島さんがします。対して茉莉は鴎外の文章とは全然似ていない。茉莉ははっきりとは言わなかったけれど、どうやら鴎外よりも夏目漱石の小説が好きだったらしいとか。世間で評価されている鴎外の時代小説なんか茉莉は好きじゃなくて、現代的なさらっとしたもの(『青年』とか)が好き。でも一番影響されたのは鴎外の翻訳ものだということが語られます。

 鴎外は子供や孫の名前を外国風にしてそれに漢字を当てはめる(類とか杏奴とか)くらいのヨーロッパ好きだったんですが、それが茉莉に遺伝したようで、茉莉の小説は非常にバタ臭いということ。
 茉莉が映画好きで、映画雑誌を本屋で立ち読みしていたそうです。すごい早さで雑誌を見て、気に入った写真とがあればそれを買うとか。確かに映画雑誌を全部買うには、贅沢貧乏生活じゃムリだよな。

●茉莉を評価してくれた人

 茉莉の文章や才能を評価してくれたのは、批評家ではなくて作家が多かった。特に三島由紀夫は「日本には官能小説というものがなくて、かろうじて川端くらいだったけれど、森茉莉は官能小説の書き手だ。」と大絶賛。『甘い蜜の部屋』の完成を心待ちにしていて、モイラが小説の中で百日咳にかかったのなんか「百日咳がこんなに官能的だったとは」と感激したとか。
 茉莉も三島に評価されていたのを知っていて、婦人公論では2人の往復書簡が掲載されていたそうです。

 茉莉はとにもかくにも文章の人で、茉莉の独特の雰囲気、漢字づかい、などが命なので茉莉の文章が好きな人は随筆でも小説でも何でも読めるけれど、ついていけない人は全然読めないそうです。その辺がはっきりしてるそうです。
 だけど私は『甘い蜜の部屋』は読めない人なんだよなあ。やっぱりこういうのは珍しいんすかね。珍しいんだろうな。

 森茉莉は最近また若い人に人気があると聞きますし、様々な作品が文庫化されたりして皆さんの目に触れたりする機会があると思うんですが、皆さんもぜひ森茉莉に触れてみてください。というのがシマウチ助教授の締めのお言葉でした。

 最初は緊張してたのか口の回らなかった様子の小島さんが、時間が経つにつれて饒舌にと言うか気分が乗ってきて、後半ほとんどハイになったところで時間切れなのが惜しかったです。これから面白いハナシ聞けそうだったのになあ。45分じゃあまりに短すぎる。続きをぜひ期待したいです。放送大学で森茉莉の講座が出来たら、絶対受講するんだけどなー。
 小島さんがお元気そうだったので良かったです。生前の茉莉を知る貴重な人なので、これからの活躍にも期待してます。

 以上、生きてる人にはツッコミが甘いヒメザキでした。<おい

(2001年1月)